生きるということ。愛するということ。
『牯嶺街少年殺人事件』『カップルズ』の巨匠エドワード・ヤンの遺作にして集大成が、25年の時を経て4Kレストア化!
台湾と日本を舞台に繰り広げられる、ひと夏の物語
『牯嶺街少年殺人事件』(91)、『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)、『カップルズ』(96)と、近年4K レストア版の公開が相次ぎ、2023 年の台北での大回顧展の開催も大きな話題を呼んだエドワード・ヤン。いよいよこの冬、彼の遺作にして集大成『ヤンヤン 夏の想い出』(20)の 4K レストア版が公開される。
1980 年代にデビューし、台湾ニューシネマのひとりとして活躍したエドワード・ヤン。その活動と作品は日本に熱狂的なファンを生み、黒沢清や濱口竜介、岨手由貴子、山中瑶子らがしばしば彼の映画に対する愛を語るように、現代の映画作家たちにも多大な影響を与え続けている。
20 世紀の終わりに発表された本作は、ヤンの 4 年ぶりの新作として大きな注目を集め、その年のカンヌ国際映画祭で見事監督賞を受賞。アメリカ各地でも公開され、それまで以上にエドワード・ヤンの名前を世界に広く知らしめた。だがその後がんとの闘病生活に入ったヤンは、2007 年に 59 歳の若さで死去。新作を心待ちにしていた世界中の映画ファンにとって、『ヤンヤン 夏の想い出』は彼が人生の最後に完成させた作品として忘れられない映画となった。そして 2025 年、初上映から 25 年ぶりとなるカンヌ国際映画祭で 4K レストア版がお披露目された。
過去への郷愁と未来へのまなざし――都市で生きる人々を見つめ、社会の変化を映しつづけてきた作家がたどり着いた新境地
自身が育った台北を主な舞台に、都市とそこで生きる人々との複雑な関係を映画を映し続けてきたエドワード・ヤン。彼が最後に描いたのは、台北のマンションに暮らすある家族の物語。
台湾と日本合作として 1999 年に撮影された本作には、台北だけでなく、東京や熱海が登場し、20 世紀が終わりに近づき、徐々に変わりゆく都市の姿が記録されている。また日本の俳優イッセー尾形も、台湾と日本とをつなぐ重要な役で出演する。
会社の経営危機に頭を悩ませるなか、偶然初恋の女性と再会する夫。年老いた母親の病を機に宗教へと傾倒する妻。大人たちが直面するさまざまな問題は、子供たちの日常にも暗い影を落としていく。高校生の娘は、父親の過去を再現するかのように初めての恋とその破局を体験する。そんな彼らの動向を見つめるのは、一家の末っ子で8歳の少年ヤンヤンだ。父親からもらったカメラを手に駆け回る少年の姿は、ひりひりとした緊張感に満ちたこの映画に、ひとすじの明るい光をもたらしてくれる。
不安的な政治状況下で翻弄される少年少女たちの運命や、急速な経済成長を遂げる台北ですれ違う若者たちの姿を描いた過去作のテーマを引き継ぎながら、『ヤンヤン 夏の想い出』には、新たな視点が導入される。中年となった者たちによる過去への追想と、これからの時代を生きる子供たちへの優しいまなざし。それは、時代とともに変化する社会を見つめ続けてきたエドワード・ヤンだからこそ到達できた新境地だったのかもしれない。
複雑に絡み合う人間模様を、映画はロングショットと長回しを多用し、静謐だが壮大な視点で捉えていく。暗い夜の街に、高架下で佇む恋人たちのシルエットが浮かび上がる。マンションやホテルなど巨大な建築物が画面いっぱいに映され、そこで営まれる人々の生活が俯瞰した視点で描かれる。そのハッとするような構図は今見てもあまりに斬新だ。
BBC やニューヨーク・タイムズが選ぶ「20 世紀の映画ベスト」にもたびたびランクインするなど、現代映画のひとつのマスターピースとなった『ヤンヤン 夏の想い出』は、私たちに、この世界の残酷さと美しさを改めて気づかせてくれる。その力は、製作から四半世紀が経った今も変わらない。